0 0 0 0 0 0 0 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000 000
HACHIMAN イメージ 0 000
0 000
0 HOME 0 書籍一覧 0 ご注文の方法 0 DMのお申込み 0 特価書籍目録 0 特選古書 0 読み物 0 原稿募集 0 000
0 0 000

高速スーパー検索
書名でも著者名でも内容に関するキーワードでもなんでも入力して下さい。

DMのお申し込み

◎ご注文

ショッピング・カートでかんたんに
ご注文頂けます。

もちろん、電話、ファックス、e-mailでもご注文頂けます。

霊界物語コーナー

出口王仁三郎芸術館

大宮司朗先生インタビュー

 

ホツマを語る

大宮司朗 vs 武田崇元

大宮 ホツマでいちばん興味深いのは、すべてが五七調の長歌というか和歌の形式で記されていることです。ホツマ研究の金字塔とも申すべき『完訳秀真伝』を完成された鳥居さんも「言霊ホツマ」とおっしゃっていますが、これは『言霊玄修秘伝』に一部を公開しました言霊の伝と深くかかわってきます。だいたい記紀でも秘事は歌に詠み込んでいる場合が多い。この言霊との関わりなんですが、ホツマはその由来として櫛甕玉命が編纂して淡宮に納めたというわけですが、淡宮はホツマの文脈では近江国多賀宮、つまり現在の多賀大社です。ところが、「多賀天津金木」という書物が存在するのです。
武田 天津金木学を復興した大石凝というのは甲賀の望月家で、多賀大社の神札を配っていたということですから、なにか大石凝系統の言霊学とホツマには共通のソースがあるように思われます。天津金木を組み立てた水茎文字とホツマ文字というのは、共通するところがあって、京都の陽明文庫に残っている「真澄の鏡」はホツマ文字で記されているのも不思議です。
大宮 いま淡宮(アワミヤ)の話をしましたが、そもそも「真澄の鏡」の75声は根の棚から天の棚という形でわけられていますが、その根の棚のところの根源は「アワヤ」なんですね。ですから、言霊、天津金木、ホツマというのは一連の脈絡があるわけで、これは史書という形をとっていますが、非常に霊的な内容のものだと思います。
武田 たしかに言霊学がわからないと解釈のつかないところが多い。そういう意味では、現代語訳や詳しい注釈がついておりますが、できれば原文を読んで自分なりの解釈というものができるぐらいになれば、思わぬ秘伝秘儀を発見することができるといえます。
大宮 ひとつ申しておきますと、アワというのは、渦巻なんですね。ホツマ文字では、それぞれ左廻り右廻りという形で天地の渦巻きを表している。アワはつまり天地の廻りによって森羅万象のものが出現することを意味している。渦巻きには左旋と右旋があり、さらに内聚と外発があります。この渦巻きによって生命の原動力が生まれます。これは太古神法においても重要な概念で、天津金木学でも、天の御柱を一本立てて、それの天火水地に合わせて天津金木を四本置いて、左旋右旋の渦巻きを、ひいては天地の根源のものを象徴するのです。秘伝秘儀ということでいえばいろいろありますが、たとえばホツマでは八方八降りのトホカミエミタメ八神について詳説しています。トホカミエミタメはトオカミエミタメと転化して禊教などで唱えられ、それ以前は伯家などでも奉じていましたが、さらに遡る口伝事項として「玄府感通秘辞」があって、そこでも唱えられていて、どうもその根源はホツマと関連しておるようです。八降り云々については、『玄秘修法奥伝』をよくお読みになれば、はっと悟られる処もあるかと存じます。やはり霊学というものは友清先生もいうように霊知学であって、知ることによって本当の力を得るというところがあります。ある秘辞をわけもわからぬままひたすらに唱えてもまったく効果がないわけではありませぬが、やはりその深い玄義を知るとは知らぬでは大きなちがいが出てきます。ホツマを読むことでいままでなにげなく唱えていた秘文が一挙に命をもったものとして立ち顕れてくるということも大いにあるわけです。
武田 ところで篤胤の『神字日文伝』にもホツマ文字が収録されていますね。
大宮 あれについては、ちょっと面白いことがあって、篤胤がホツマ文字として挙げているのは全部で4種類あって、そのうち四国から出土したという「土牘秀真文土秀真文」と「御笠山傳記」の二つは現存のホツマ文字と同じですが、「出雲国石窟神代文字」という別の文字が掲げられていて、出雲大社の近辺の晝島に石窟があって、その壁にこの文字が彫刻してあり、大己貴命がお作りになったと書かれています。ところが、これが宮地水位先生の伝と深い関係があって、詳しくは『玄想法秘儀』の83頁に記しておきましたが、水位先生の友人に川村茂之助という人があって、この人が大病したとき、その母親から家伝の巻物を託されるわけです。これがじつはホツマ文字の異体字ともいうべき出雲文字で書かれた一種の禁厭秘辞の巻物で、「外より感げたる病を禁厭ひ治す大名持の奇しき告辞」云々と書いてあったわけです。それで、ホツマに関しては偽書説もあるわけですが、水位先生はこう述べておられます。「偽書と字せるものの中に玉真を種として偽を加えたるが多し」「正真と思ふ物の中にも『日本書紀』の如きは偽りたる事多し。偽書と思ふ中にも正真なるものも含入せし事あれば書籍は見様がごく大事なり」と。
武田 これは大切な言葉ですね。偽書といわれているもののなかに案外と真伝が秘められ、そうかと思えば正史といわれる日本書紀のなかにも偽りが多い。だから古書に向かうときには鑑識眼が大切である。つまりこういう意味ですが、聖書などでも外典、偽典などといわれているもののなかに存外と重要なことが記されていたりするようです。それで、ひとつ気になっていることがあって、ホツマが伝えられたという三尾神社は、日本書紀に出てくる継体天皇の三尾別業のあったところだと考えられるわけですが、記紀は、武烈−継体で王権が実質的に切り替わったことを伝えており、このあたりがもっと考察される必要がある。ホツマではアマテラスが女神ではなくて男神であり、12人の后がいたと伝え、また卵から生まれたという卵生神話を伝えています。どうもこのあたりが、神道家のなかでもホツマを疑問視するひとつの根拠にもなっているようですが、わたしは時代を飛び越えて大本神話の変性女子、変性男子を連想するわけです。王仁三郎聖師によれば、アマテラスは霊魂はあくまで男性、スサノオは女性なんです。これが体のレベルではそれぞれ反対に女性、男性になってあらわれるということであって、これからすればホツマのアマテラス男神論というのもあながち根拠のないことではない。それで、王仁三郎の故郷の穴太の高熊山、ここで王仁三郎は初発の霊的体験をするわけですが、この高熊山には中央の政争に破れた武烈天皇の皇子が隠れ住んだという伝承があることを王仁三郎は『霊界物語』の冒頭でわざわざ記し、暗黙のうちにみずからを穴太の皇子に引き寄せているわけです。ここでごくごく対比的にいうと、『霊界物語』はスサノオ神話であるのに対して、いっぽうホツマはアマテラス神話、王仁三郎が武烈の皇子を象徴化すれば、ホツマは継体王朝を匂わせるという奇妙な対比が成り立つわけです。『霊界物語』とホツマというのはちょっと突拍子もない比較かもしれませんが、ホツマは全編これ長歌形式ですし、『霊界物語』でも非常に長歌形式が多用されていて、奥伝とされる「天祥地瑞」はほとんど長歌形式で語られているということは、何か時代を越えて共通する語り部の様式というものがあったのかもしれません。
大宮 ともかく『言霊玄修秘伝』でも明らかにしておきましたが、和歌の形式というのはもっとも言霊の発現に適しているわけで、出口王仁三郎が一日何百何千という歌を詠んだというのもやはりゆえあることなのです。
武田 いずれにせよ、ホツマの裾野は想像以上に広く奥の深いものがあるわけですが、幸いに本書は、現代語訳も親切な注解もあって誰でもかんたんにホツマの世界へと入っていけるわけです。どうか一人でも多くの人のご講読をお願いする次第であります。